プラセボの効果

EBM(エビデンスに基づく医療)っていうのが、診療を行うにあたって、わりと大事にされるようになってきました。時々、「この薬にはエビデンスがあるのか?」なんて訊かれることも増えてきたように思います。薬だけじゃなくて、治療行為一般が、そのようになって来ているようです。

とはいっても、エビデンス、と呼ばれるものを「積み重ねていく」ことも、なかなか並大抵のことではありません。けっこう大変な労力がかかります。

いちばんエビデンスとして重要視されるのは、二重盲検と呼ばれる調査によって「有効とされた」という研究結果…を集めてきて統計的にまとめた「システマティックレビュー」と呼ばれる報告らしいのですが、それを作るには、やはり二重盲検の研究報告が必要、みたいに言われているわけですから、レビューを書くにしても「この内容については、まだ信頼に足る研究の報告が少ない」みたいな領域や分野もけっこうあったりします。

漢方薬の「エビデンス」というのは、まだまだ少ないのだ、と言われています。その理由のひとつとして、二重盲検がしづらい、という項目が挙げられています。漢方薬は独特の臭いとか味がありますから、治療を受けている本人が「これはホンモノの漢方薬が入っている」とか「これはどうやら、漢方薬っぽくない」みたいな判断ができてしまうと、それだけで、薬効の評価にブレが生じる、ということのようです。

昔、気を張っていた医学部の学生さんに、よく眠れるような漢方薬をおわたししたことがありました。

どうだった?って尋ねたら「いや先生、すごく良く眠れたのですけど…」ってなんとなく不満そうな表情で返事をされたんです。眠れたんだったら良かったじゃない?って重ねて訊いたら、「この薬が効いたのか、それともにしむら先生に薬をもらった、っていう安心感で眠れたのかがわからなくて」って言っておられました。

まさにプラセボ効果のことをすごく良く勉強されている方だったのだろうなあ、と思いますが、じゃあ、プラセボ効果、では駄目なんでしょうか?

プラセボ効果で「良くなる」ことっていうのは、けっこうあるのだそうです。場合によっては「これはプラセボ薬です」って説明していたとしても、症状の改善があったり、痛みが軽減したりすることだって、あるんだそうです。いったいヒトの身体ってどんな風にできているんでしょうかねえ…?

そんな時代に、プラセボの薬を作って、売ることをお商売にされた会社を作った方がありました。プラセボ製薬の代表取締役の水口直樹さんは、『僕は偽薬を売ることにした』という本の中に、その辺の経緯をお書きになっておられます。こちらは「プラセプラス」という、薬効の「無い」薬…みたいなものを作っておられる会社です。

もちろん、プラセボ効果をあてにしてはいけない場面もたくさんあります。昔、避妊に用いられるようになったピルの臨床試験の時に、被験者に「偽薬である可能性がある」ことがきちんと伝わっていなかった(ために、思いがけず妊娠してしむった、という女性が複数人おられた)などの研究問題が発生した歴史もありますし、そうでなくても金銭的に、あるいは身体侵襲的に、リスクが高い行為をプラセボとして選択することは、あまりお薦めできることではありません。

実際のところ、漢方薬の効果が、プラセボ効果を超えているのかどうか、って疑問に、科学的に正しく答えることは、難しい(つまり「エビデンスが十分には無いので判定できない」という結論になりそう)ですが、わたしの印象としては、間違いなく、プラセボ効果を超えている、とお答えします。まさに、その部分の「エビデンス」を作るのが大変、という話ではあるのですが。

とはいえ、ご本人の体調の話で言うなら、プラセボ的な効果が発現して、本来の薬の力よりももっと効果が出てお元気になられるなら、それはある意味「めっけもの」なのかもしれない、とわたしは考えています。

むしろ、どうやってプラセボ効果が高確率で発生するようにできるか、という試行錯誤が大事、とも言えるかもしれません。

野口整体の創始者である野口晴哉氏は、著作の中に「治療家たるもの、薬の力ではなくて、プラセボ的な効果を発揮させることを考えなければならない。プラセボで治すことができた方が一流だ」的なことを書いておられます。

まあ極端な話かもしれませんが、元気になることに、科学的根拠がなくても、良い、のかもしれません。