「ホルモンバランス」の話
先日「不定愁訴のこと」として、「不定愁訴」の話を書きました。
「不定愁訴」という言葉づかいを、わたしはあまり好きになれませんでしたが、臨床でよく使われる言葉ではあります。
臨床でよく使われる「便利な」言葉には、他にも「ホルモンバランス」とか「自律神経」とか、といった言葉があります。
いずれも「ホルモンバランスの乱れ」あるいは「自律神経の乱れ」という形「乱れ」あるいは「不調」などという言葉とセットで使われることが多いと思いますので、そういう言葉を目にされたり、耳にされたりすることも珍しくない、と思います。
じゃあ、実際に「ホルモンバランス」あるいは「ホルモンバランスの乱れ」ってどういうことを意味しているのか?って厳密に追いかけていくと、けっこう難しい話になります。
ここで想定されているホルモンは、基本的には女性ホルモンである「エストロゲン」と黄体ホルモンである「プロゲステロン」だろうか、と毎回考えます。
この卵巣から分泌される二種類のホルモンは、月経の周期的な変動を引き起こしながら、分泌される量や割合を変動させていきます。
卵胞期…月経開始から排卵までの期間…にはエストロゲンが優位な状態になっていますし、
黄体期…排卵後から月経開始までの期間…はエストロゲンも分泌されますが、それに加えてプロゲステロンの分泌が多くなります。
これは月経周期がある女性においてはごくごく正常のホルモン変動、ということになりますが、月経前症候群(PMS)の症状は、このプロゲステロン分泌が多い時期に出現します。これを「(エストロゲンとプロゲステロンの)ホルモンバランスの乱れ」と呼ぶのは適切ではない、ように思うわけです。
更年期には、エストロゲンやプロゲステロンの分泌が減少します。どうしても卵巣の働きが低下するので、これはやむを得ない、ということになりますが、エストロゲンなどの分泌が低下することで、FSHやLHという、下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンがやや過剰気味に分泌されます。
たしかに今までには無いホルモンのバランスになってきますので、それを「ホルモンバランスの乱れ」と呼ぶこともできるかもしれません。
(ホルモン補充療法:HRTとは、急激に減少したエストロゲンを補充することで、この急激なホルモン環境の変化を緩和する、というのがコンセプトの治療になります)
さらに言うなら、おそらくは他のステロイドホルモンが分泌されている可能性があります。これらの分泌が変動することで、症状が出てきている、という話はあるのかもしれません。
エストロゲンは1923年に発見された、とされていますが、その作用は全身に及ぶもので、発見から100年が経過した今でも、まだその働きの全貌を把握しきれていないホルモンだとわたしは思っています。まだわたしたちが知らないホルモン同士のバランスがあって、それらの不調が、身体の調子として出てきている、の、かもしれません。
月経前症候群(PMS)や更年期の症状が本当に「ホルモンバランス」あるいはその「乱れ」によって引き起こされているかどうか、については、議論が残るところだと思います。
臨床的な対処方法としては「内因性のホルモンの変動をいったん止める」という選択肢が1つあります。これは、外部からホルモンを投与することで、卵巣や下垂体の動きを減らして、ホルモン状態を固定…ないしは固定に近い状態とする方法です。
また、もうひとつの選択肢は、こうした、内因性のホルモンやその変動に振り回されないように、自分自身の体調を整えていただく、ということです。
これら2つの選択肢は相反するものではなくて、両方の治療を同時に行うことが可能です。
漢方の診療は主にこの後者を目標として進めることになります。