学級会のおもいで

先日、学術総会に参加してきた話を書きました。学術総会っていうのは、わりと形式が定まっている…みたいでした。まあ75回目とかですから、伝統の重み、っていうのもあるのでしょう。
なんとなく、見ていると「学級会」という単語が思い出されるような、そんな場面にでくわしたりもします。
学級会…小学校とか、中学校の時に、時々開かれていました。定期のものはまあ、そんなに問題はないのですが、まれに、なんらかの「問題」が発生したときに、担任の先生がみんなを集めて「どう思う?」なんていうことをやるわけです。
そんな学級会、クラスの中のことですから、「わたしには関係無い」と突っぱねるほど遠い話ではなくて…なんてノンビリした事でもなく。ちょくちょく「わたし」が問題の中心になった学級会があったのでした。いやん。
対人的な問題行動が大きくなって、どうしようもなくなると、学級会でどちらの意見が多数派か、みたいな話になってきます。え?正しいとか間違っている、じゃないの?と思うかも知れませんが、わたしはわたしで、自分の行動が正しいと思っているわけです…。
今から考えたら、なんていう…っていう若気の至りも山盛り一杯…。いえ、一杯では飽き足らず、軽く2−3杯はあったのかもしれません…。
まぁ、わたしの若気の至りはともかくとして、跳ねっ返りのわたしを断罪する(と、個人的には感じられる)ような会になることが割合しばしばありましたので、あの学級会という雰囲気そのものが嫌いでした。もちろん、わたしに落ち度があるので、仕方ないのですが…。
落ち度…というか。まあ今から考えたら、そりゃしゃーないねえ、って言わざるを得ないような、そんなエピソードがあります。いわゆる黒歴史、っていうやつです。圧倒的に自陣営が少ない、まさに多勢に無勢とはこのこと(あまり関係ありませんが、昔、わたしは「多勢に武勢」だと思っていました。数が多いのと、一騎当千みたいな、強いのと、なので「どっちが勝つかはわからんぞ…?」って話だと…いやお恥ずかしい)。
当時からメンドクサイ理屈をこねくりまわす少年でしたから…。
高校に入ると、だいぶ居心地が改善したのを覚えています。そこから、大学に進んだらさらに楽になりました。周囲がおとなになったからだ、と自分のことを棚にあげております。
そんな面倒くさい黒歴史を抱えたままで、今のわたしが仕上がっています。わたしの考えはだいたい常に異端の側、少数意見の側でした。少なくとも大多数だとか、主流だとかにはなり得ません。
なので、クリニックで提供している診療も、大多数の方が納得していただけるものではないのかもしれません。
おかげさまで、他所ではなくて、当院に、と遠くから来てくださる方もいらっしゃいます。そのあたりは単純に距離だけでは説明がつかない「ご縁」みたいなものがあるのだろう、と思います。
どのような方にもご満足いただけるような診療を、と一時期は、そんな理想を思っていたこともありましたが、最近は、それよりも、わたしがわたしらしくあることを大事にしたい、と思うようになりました。そういえば、昔そうやって頑張ったことで身体をこわしていたのでした。
学会で久しぶりにお目にかかった方に「元気になったね」と声をかけて頂いたのですが、このあたり、「好き放題」させていただいているのが良かったのかもしれません。
そんなクリニックですが、ひょっとすると、他の病院や診療所では思ったように改善しなかった方に向いている、の、かも、知れません。
ご縁がありましたら一度おこしくださいませ。