年始の思い出

新しい年を迎えて、診療も再開しました。昔は、年始あたりは着物で出勤する方がいらっしゃったりとか、松の内はわりとノンビリだったりとか、もう少しお正月気分があったように思いますが、最近はドンドン減ってきました。
そういえば、先日、車の尖端にしめ縄を飾っておられるのを見かけました。これも昭和から平成にかけて、かなり皆さんなさっていたように記憶していますが、最近はめっきり減ったように感じます。見かけた時に「ああ、そういう風習もあったよねえ…」と感じる位には、ちょっと遠くなってしまっているのかもしれません。

成人の日は、平成の頃までは、15日に固定だったし、それより以前、学校は土曜日、半日授業があったのです。
平成のはじめ頃、「学校週5日制」と「週休2日制」がゴッチャになって「しゅうきゅういつかせい」などと口走るような話もありました。週休5日はさすがに休みすぎですが。

年末年始を、ご家族と過ごされた方もけっこう多いのだろうと思います。
そして、久しぶりに、ご家族で、水入らず…と言うとなんだか良い感じですが、近親者であっても、ずーっと顔をつきあわせている、というのは、なかなか大変です。

昔話ついでに書きますと、わたしの若い頃は、家族で初詣にお参りに行くのがならいでした。
初詣という文化風習も、これまた鉄道会社が作った新しい行動様式なんだそうですが、まあそれは措いておいて、あちこちの神社をまわるわけです。当時は「三社参り」などと言っていたように記憶しています。
それで、一応、家族写真を撮る。お参りしました、という記念と、証拠、みたいなものです。
久しぶりに実家に帰省して、昔の写真を見ていたら、その正月の写真が出てきました。
ところが、その家族写真で、どれもこれも、わたしの顔が仏頂面なのです。どうしてそんなに不機嫌なのか…。と思うくらいに不機嫌さを隠そうともせずに、写真に写っていました。
毎年のように。

そんな昔の記憶はだいぶあやふやになってきているのですが、そういえば、なんだか、不機嫌だった、という記憶も呼び起こされてきました。
普段はそれぞれ別で行動していますが、家族が一緒に、となると、いろいろな物事が干渉しあったり、思惑が衝突したり、ということが増えます。
そんな中で、どうしても機嫌を損なうことが多かったのだろうと思います。兄弟がどのようにしていたのか…あたりは、今ひとつ覚えていませんが。
今でも、きっと家族で…となると、誰かが不機嫌になる、というのはあるように思います。今はそれが「わたし」ではない、ということですけれど…。

精神科医の師匠は、そういう人間関係のややこしさについて、こんな風に語っていました。

「世の中はどんどん便利になってきたのに、人間関係は、ぜんぜん便利にならないから、ねえ」

ワンルームの居室が準備されるようになり、レディメイドの食事が手に入るようになり、ひとが一人で生活する、ということがドンドン容易になってきました。
それまでの、誰かと協力しなければ生命の維持も難しいという時代に比べると、とても良い時代になったのだろうと思います。他人との協力をしなくても、自分自身がひとりで生きていられる、というのは、だいぶ自由な気がします。
その分、我慢するとか、あるいは人間関係を上手に調整する、というような手段は、洗練されなくなってくるのでしょう。

世の中が便利になる、ということには、そのような面があります。

そして、うっかり、世の中の便利さを基準に、期待していたことが、ひととの関係では期待外れになる、ということであれば、それは、落胆したり、あるいは、怒ってみたりすることの原因にもなりそうです。

家族であっても他人、ですから、くれぐれも上手な距離をとって頂きたいものです。