書き初めの思い出

部屋を片付けていたら、色紙が出てきました。
ずいぶんと前の話になりましたが、書き初め体験をした時の色紙です。

この書き初めは、一風変わっていました。
真っ暗なところで、墨と筆を使って書くのです。

ダイアログインザダーク、という体験施設があり、当時は大阪のスムフムラボというところで実施していたので、年始に行ったら、真っ暗闇の書き初め体験、だったのでした。
裏に「Dialogue in the Dark 2016.1.9」と書いてありました。もう十年も前のことになってしまっていたんですね…。
(現在は東京で実施されているものが継続しているようです)

https://did.dialogue.or.jp

世の中の暗い場所、というのは、多くの場所は「目が慣れてくる」と、多少は雰囲気がわかるような形になっています。家電製品には何らかのランプがついていたり、ディスプレイが光を出したりしていますから…。
この暗闇は、そうした光を一切遮断する、という徹底したものでした。何のために?って思うかも知れません。

視覚障害の方の生活体験を擬似的にしてみよう、というプログラムで、ガイドをしてくださっていたのは、視覚障害の方です。彼らにとってみれば、光が入る、入らない、ということは、大きな違いではなかった…と言えるのでしょう。

江戸時代に目盲の学者がおられました。塙 保己一(はなわ ほきいち)という方ですが、夜に、講義をしているとき、明かりに使っていた蝋燭の火が消えて、弟子たちが慌てた…のだけれど、本人はそれに気づかずに講義を続けて…というエピソードが残っています。

和学講談所で『源氏物語』の講義をしているときに、風が吹いて、蝋燭の火が消えたことがあった。保己一はそれとは知らず講義を続けたが、弟子たちが慌てたところ、保己一が「目あきというのは不自由なものじゃ」と冗談を言ったという。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%99%E4%BF%9D%E5%B7%B1%E4%B8%80

わたしたちは、目が見える、という世界で生活していますから、そこから、視覚を喪失すると、とても不自由な気がするのだろうと思いますが、視覚を遮断することで、他の感覚を味わうことができる、という体験でした。