湿潤療法に思うこと
夏井睦先生が湿潤療法というものを提唱されて、それが今では新しい治療として認知され、一般向けの医療材料(キズパワーパッドⓇ)にもなっている、ということは、先日、ブログで書いた通りです。
この湿潤療法について、わたしの実践の思い出をいくつか、書いてみたいと思いました。
いちばん最初は、研修医の時のことだったと思います。研修で行った先の施設に、褥瘡のケアを受けておられる方がありました。当時ですから、キズは乾かして…褥瘡ポケットは切開して…というような形の治療をしていたのだろうと思います。見るからに大きな穴が、お尻のところにできていました。
湿潤療法をやってみたい、と、そこの先生にご相談したところ「感染が起こらないのなら、良い」というようなお返事をいただいたので、培養の検査をしたのだったような覚えもありますが…早速、今までのやり方を変えて、透明のテープを貼ったのでした。次の日には、そのテープから見える、褥瘡の穴の中が滲出液でいっぱいになっていて、びっくりした覚えがあります。これほどの滲出液が出てきていたものを、乾燥させていたのか…と思うと、それはそれで「身体の意図する方向性」と「医療が行っていた方向性」が違う、という言い方ができるのかもしれません。研修先への滞在は1ヶ月未満でしたので、その後の経過をみることはできませんでしたが、研修医としては「新しいことを持ち込んで、現場を変えた!」という達成感を覚えたものでした。
(まあ、こういう「達成感」みたいなものは、得てして良いことばかりではないのだろうと思います…。調子に乗ったら痛い目に遭いますので)
褥瘡ができるのは、寝たきりの高齢者にも多いのですが、じつは精神科の病棟でも、けっこう褥瘡ができる方があったのだそうです。研修医時代に、精神科の看護師さんと、褥瘡の管理について、話をしたことがあります。
「最近は湿潤療法といって…」と閉鎖してじくじくさせた状態を維持することで、細胞の回復が早まるのだ、という説明を、どこまでしたのか、は覚えていませんが、そのベテラン看護師さんは、「いや、先生。褥瘡はねえ。日に当てて乾かすのがいちばんですよ!」と言い切っておられました。
なるほど、一昔前の治療はそのようであったのだなあ…と感慨深く聞いたものでした。
まあ、でも、やっぱり乾燥させない方が良いのではないだろうか、と思っていましたので、わたしが方針を決められるところでは、傷の手当ては、湿潤療法を優先させていた、わけです。
その後、フィリピンの貧困地域で医療活動をされていた、冨田江里子さん(ブログ)とのご縁ができ、現地に訪問することがありました。日本の医療の情報を、「最近、日本では湿潤療法が主流になりつつあるんですよ」と説明したところ、他の訪問者も似たような形で湿潤療法の支援を行ったこともあったのだそうです。「でも、現地の方が、あれを嫌うんですよねえ…やっぱり乾燥させる方を希望されるので」という返事でした。
湿潤療法は良い方法なのになあ…と思いながら、まあ、無理強いするものでもないので、そういうひとたちもいるのか、くらいの話で、聞いていたのでした。
現地は熱帯ですから、それなりに蚊が飛んでいます。わたしも刺されて、ボリボリ掻いていたら、ちょっとした潰瘍になってしまったのでした。
早速、湿潤療法、ということで、透明のテープを貼ったのですが…。これが、滲出液がいっぱいでてきて、あふれるのです。そして、あふれたところで、また小さい皮膚炎と潰瘍ができてしまいました。消毒も乾燥もさせない、という方法では、これはなかなか治りづらく、透明のテープから、いわゆる絆創膏に変更しましたが、潰瘍が落ち着くまでずいぶんとかかってしまいました。
一体何が起こっていたのか…?と思うのですが、ひょっとすると、あちらでは、細菌の種類が違ったのかもしれません。
日本は、むしろ清潔すぎるくらいの環境が整い始めていますので、皮膚にいる常在菌は、めったに感染を起こさないし、閉鎖した環境で、滲出液が出てきても、そこに感染を引き起こさないままで湿潤環境が維持できる、のかもしれませんが、必ずしもそういう環境にいるひとだけでは、ない、ということなのだろうか、と思っています。
つまり、フィリピンの現地では、湿潤療法は、日本のそれとは異なった結果を引き起こしていた可能性があるのかもしれません。
消毒して、乾燥させることの方が、早くに治癒する場面というのも、あり得るのか…と、治療法の「トレンド」が、患者さんの状況や、社会背景によっても異なる可能性があるのだと、あらためて思い知った経験でした。