漢方薬の保険はずしについて

漢方薬の保険収載を取りやめよう、という、関係各省庁の動きは、ずいぶんと昔からあったみたいです。1970年代に、かなり強引な形で漢方薬エキス製剤が保険収載された、とされています。他の西洋薬とは異なり、臨床試験を十分にやったわけでもなければ、きちんと薬理作用が解明されているわけでも、すっきり説明できるわけでもない、という部分を薬学系の先生がたは忸怩たる思いでおっしゃっていたのだとか。
漢方を専門でやっている身から言わせてもらうと、そもそもよって立つ根拠である医学からして西洋医学と違うわけですから、作用が西洋医学的な理解に適合するわけがない、という方が当たり前で、西洋医学の枠組みでは説明・解釈できないものだ、ということなのですけれど…。世の中には、それでは納得がいかない、という方もいらっしゃるようです。
保険収載以来、当初は厚生省の中でも漢方薬エキス製剤を保険収載からはずしたい、と画策されていた時代があったそうなのですが、平成のいつ頃からか、一部の漢方薬を処方されている高齢者の医療費が低く維持されていた、という効果を認めて頂いたようで、保険はずし、という話は厚労省から「は」出なくなりました。
最近は財務省が、漢方の部分を狙い撃ちして来られます。
「湿布、ビタミン剤、漢方など」ということで、漢方「だけ」ではないのですが、医療費の削減のためには、こうしたものを処方薬として保険収載しておくのではなくて、薬局で購入できるようにしたら良いじゃないか、というのが、財務省の主張です。セルフメディケーションを推進しているわけですから、まあ、政策の方向性としては、一貫しているのかもしれません。
以前、漢方薬のネダンについて、書いたことがあります。
この時にも触れましたが、保険に収載されている薬の売値は「薬価」として公的に決定されます。この薬価と、現在の製造コストとを見比べると、漢方薬エキス製剤の少なくない数が製造コストの方が大きいのだそうです。つまり、そういう製剤を売れば売るほど赤字がふくらむ、ということになります。
原因は、薬価見直しのたびに下げられてきて、極めて低い薬価を押しつけられていることと、それとは逆に、原材料である生薬の値上がりしていること、などです。
漢方の原材料である「生薬」はその半分以上が中国からの輸入品ですが、中国の経済的発展とともに、人件費が値上がりしています。加えて、米国などで漢方薬のブームが来ているようで、需要が増加しています。
一方で、品質管理のためには、残留農薬の検査などもどんどん厳しくなっており、製造コストが高騰する結果になっています。
なので、保険収載からはずされたなら、薬価の押しつけられた設定数値がなくなりますから、少なくとも赤字にならないように…という程度には販売価格が上昇するのではないか、と勝手に考えています。まあ、だからといって、急激に上昇させるのも難しいところでしょうが。
処方されている漢方薬のエキス製剤については、現在、不当に安いのではないか、と思うこともしばしばあります。もう少し漢方薬だけではなくて、漢方的診療などにも医療費をつぎ込んでいただけると、当院の売り上げも増えるのですが。
…と、これは脱線しました。
医師が処方している漢方、という枠組みを外れると、今度は、消費者の方々が、わりと自由に漢方薬エキス剤を名指しして購入し、服用する、という形になります。
適切な選択ができているのかどうか、とか、あるいは漢方薬による有害事象が発生していないかとか、そういうことをきっちり確認するのを、誰がやることになるのだろうか?というのが疑問にあがりますが、購入する薬局の薬剤師さんが対応してくださる…ということでしょうか?
真面目に考えるなら、やはり医師の判断による処方がだいじ、と言いたいところですが、わたしも、ビックリするような処方を、他の先生がされていた、その痕跡を、時折見かけたりします。医師だったら誰が処方している漢方薬も大丈夫、安心、というものでもありませんので、そのあたりが難しい。
保険はずしの問題は、医療費の話題と、処方選択をどうするか、という問題と、その他いろいろな問題がわりと混ざり合った形になっているようにも思われます。そして、医療費、ということで言うなら、もっとしっかりネダンをあげて欲しいところ(…その一方で、財務省としては保険の負担を軽減したいところ)ですので、保険から外れて、薬局での販売になった方が、製薬会社としては良いことになる…という可能性もありそうです。わかりませんが。
処方選択をどうするか、とか、漢方を飲んでいる患者さんの安全は?という点については、難しいところもありそうです。処方の効いた・効かなかった、っていう判定をどうしているか?ってことにもなりますが、一番は患者さんの主観ですから、患者さんが内服してみて、良かった、ってなるのは、医者に報告しなくても、本人がわかるでしょ、っていう言い方もできてしまうかもしれません。
専門科としては、「前にこれを使ったけれど、あまり効果がえられなかった」という情報は、次の処方を検討する上でとても大事です。素人さんの、インターネットやAIに相談した処方よりも「よく効く」処方の提案が多くなれば、医者の値打ちも上がる、っていうものだと思っています。