疾病利得
疾病利得、という言葉をご存知でしょうか?
しっぺいりとく【疾病利得】
患者が疾患によって得る心理的・社会的・経済的利益。
病気というのは、たいていは「嫌なこと」ですから、その状態から「元気」な状態に戻りたいと願うのが一般的…ではあったりします。「はやく良くなりたい」とはしばしば、患者さんが口にする言葉でもあります。
獅子文六、という作家が戦中だったか戦後だったか、の様子を作品に残しておられますが「てんやわんや」という作品の中では、空襲だったか洪水だったか、大きな被害で家が焼けたお大尽と、そこに使えていた執事が、二人して狂喜乱舞する、というエピソードが描かれています。

https://new.chikumashobo.co.jp/product/9784480431554
「もう、これで見栄を張って、無理にお金を使うことをしなくてよくなった!」と抱き合って喜ぶ…のを、呆然と主人公が見ている、というのが結末だったような記憶があります。
今までは、旧家・名家だったので、どうしても家の格式を維持しなければならなかったのが、空襲(だったと思いますが…ちょっと記憶があやふやになってしまっています…)という、いわば「誰の目にも見える困ったこと」が発生したことを言い訳にして、今までの格式をうっちゃってしまうことができる、というわけです。
これもある種の疾病利得だったのじゃないか、と思います。
冷静な損得勘定をしたならば、割に合わないこともあります。
というか、やっぱり断然、損をしている、ということになることが多いです。なので、「利得」という言葉が理解しづらいこともあるかもしれません。
たとえば、何かとっても気の重い会議が待っているところで、風邪を引いた、としましょう。
一昔前は、「風邪を引いても休めないあなたに…」という形で風邪薬の広告宣伝をしていました。今でもなかなか休めませんが、それでも、コロナかもしれない…とか、インフルエンザがうつるといけないので…などという言い訳をすることで、その会議を欠席することもできるかもしれません。
こういう場合の利得は「(当面のあいだ)会議に出なくてすむ」ということになります。あまり繰り返すと、あれ?あいつ、毎回いないけど…でも困ってないな。ってことはあいつ要らなかったか…みたいな話になって、自分自身の仕事がなくなっていく、なんてことだって起こりかねませんから、お薦めな回避方法ではないのですが…。
このように、病気を理由になんらかの「しんどい場面」を回避できる、というのは一つの疾病利得、と呼べるものでしょう。
治療家としては、きっちり治療しましょう…という時に、このような疾病利得といったものが背景にないかどうか、ということを、どこかで頭に入れておく必要があります。
つまり、どれだけ頑張ってみても、疾病利得を手放せない方の場合、治ってしまうと困るので、治療が進まなくなります。
野口晴哉氏は、その著作の中で「だれもが自分自身に対してさえ、お化粧をしている。そういう心の動きがあるから、素直になれないこともあるのだ」と書いています。なので、自分自身で、自分の心を見つめても、疾病利得がすんなり出てくるとも限らないのだそうです。
この疾病利得を手放してもよい状態にならなければ、病気を手放せない、という方もいらっしゃる、という話をはじめて聞いたときには衝撃的でしたが、病気とうまく付き合っていただくのか、病気を手放してゆくのか、手放せるものなのか。そのあたりも毎回、しっかりと診てゆきたいところです。