縁を切る

えん 【縁】
① 人と人を結ぶ,人力を超えた不思議な力。巡り合わせ。「こうなったのも何かの―」「ご―があったら,また会いましょう」
② 親子・夫婦・親戚などの間柄。「親子の―」
③ 知り合いの間柄。交わり。縁故。「友達の―を切る」「―を頼って上京する」
④ 関係。つながり。「学問には―がない」「日本と―の深い国」
き・る【切る】
⑧ 関係やつながりをなくす。《切》 ↔むすぶ。「あの人とは縁を―・りたい」
京都には縁切りで有名な神社があります。
安井金比羅宮という神社ですが、SNSでは、「願掛けのときに、うっかり、方針を指定しなかったら、とてつもない勢いで縁切りが実現してしまった」などという発言が見られたりします。ご自身の体調不良が悪化して、縁は切れたが、自分へのダメージも大きかった、みたいなこともあるようで、大変に霊験あらたか…だということになっています。(たとえばこちらなど)
そんなにバッサリと縁切りするようなかたちではなくても…という話もありますし、いちがいに全ての方に、ここへのお参りをお薦めするとか、そういうわけではありません。が、縁というのは、無理してつないでおくものでもないのだろうなあ、と思うことがあります。
先日、とある方の話を聞きながら、思い出したことなのですが、「メンサ」という集団があります。
MENSA(メンサ)とは、1946年にイギリスで創設された、全人口の内上位2%のIQ(知能指数)の持ち主であれば、誰でも入れる国際グループです。 メンサは、世界100ヶ国以上、10万人以上の会員を持つ国際的グループです。 メンサはメンバー同士の知的交流の場を提供します。
ここに参加することが出来た!と喜んでいる方がときどきおられます。いろいろな形で、喜びがあるのでしょう。
マニアックな知性を持ち合わせていると、なかなか話が通じる相手が少ない、というのが実状です。自分が考えている事を受け止めてくれない…なんていう孤独感もけっこう強くなったりします。
メンサ、というのは、一般の社会の中で、そのように「うきこぼれ」て、はみ出した人たちが、安心して会話できる場所を作ろう、という思いが結実したものなのだろうと思います。
そういう孤独感があるからこそ、集まってくる、という形で「縁」ができるわけです。
逆に言うと、近くに居ても、会話が成立しないところには「縁」はできづらいのかも知れません。
自分自身がどのようなあり方で居たいと思うのか?それをきっちり実現に向けて進んだなら。その理想に一歩でも近づいたなら。
そういうあり方にふさわしい縁がつながるのだろうと思います。
今までの縁を、全部切ってしまう、とかそういうことは必要ありません。
が、自分に望ましい変化があったときには、ひょっとすると、今までの関係性からの卒業が待っているのかも知れません。













