良薬は口に苦いのか?

江戸いろはカルタの「れ」の札は、「れうやく…」でした。
「良薬は口に苦し」というのがそのことわざでした(「り」じゃなくて「れ」なんですねぇ。)が、わたしが見ていたカルタの絵は、若いお殿様に、老中のような方が諫言しているような、二人の男性が向かい合った図、だったのでした。

良薬…って苦い薬飲んでいる図じゃないんだなあ…って思っていたような気がします。
むしろ「よい諫言は耳に痛し」じゃないかと。

と思って、検索をかけてみました。「良薬は口に苦し」の元ネタ、ですが、どうやら、孔子の語録『孔子家語(こうしけご)』などにある逸話だそうです。

孔子の言動や門人との問答・論議を記録した『孔子家語(こうしけご)』や、前漢時代に劉向があらわした君主を訓戒するため逸話を列挙した教訓的な説話『説苑(ぜいえん)』に、「良薬苦於口、而利於病、忠言逆於耳、而利於行」という記載があります。つまり、孔子が言うのには「よく効く薬は苦いが、よく病気を治す。真心から諌めた言葉は、快く聞き入れ難いものだが、有益である。」という意味です。

https://www.eisai.co.jp/museum/curator/column/060310c.html

なるほど。

そういえば、日本漢方の、古方派と呼ばれる一派の筆頭であった、吉益東洞氏は「瞑眩(めんげん)がなければ治ったとは言わない」みたいな話を書いておられるのだそうです。
この「瞑眩(めんげん)」というのが時々話題になります。薬を飲んだ時に出てくる、変調とでも言いましょうか。素直に良くなるのではなくて、こうした変化が出てくるのだ、という主張をされる方々があります。
一部では「好転反応」などと表現されることもあるようですが・・・。実際に、長年の症状が消える前に、下痢をしてみたり、あるいは嘔吐してみたり、はたまた熱が出たり・・・というような、身体の大掃除的な症状が先行することは、時々ある、とも言えます。とはいえ、必須というわけでもありません。

じゃあ、吉益東洞氏が「瞑眩が大事」という文章を引っ張ってきたのはどこからだったんですか?って話になりかねないのですが、これも、もとは、「諫言」がらみの話題を、薬に寄せて説明していた文章だったようです。つまり、強い諫言をうけると、めまいクラクラするようなこともあるけれど、そういうのが大事、っていう話だったのでしょう。

昔は「上医は国を治す」みたいなことも書かれていますので、「忠告・諫言」を「クスリ」と呼んだのかもしれません。
人の身体との類似で話されるのは良い部分もあるのだけれど、「瞑眩がかならず起こるべきだ」みたいな言い方はやめてほしいところです。

さて。

漢方の原材料になっている生薬ですが、いろいろな性質のものが取りそろえてあります。当然、苦いものも、それなりにあります。

たとえば「竜胆(りゅうたん)」はリンドウの根っこを乾燥させたもの、となっていますが、名前に「胆」とはいっています。

この「胆」ですが、他の故事成語としては「臥薪嘗胆」というものに含まれています。
臥薪嘗胆は、「薪のうえに臥して」…ということで、硬くて凸凹したところで寝る…リラックスしない、「胆を嘗めて」…ということで、苦いものを味わって、苦しみを忘れない、という苦行をしつつ、「あの悔しさを忘れずに復讐!」という思いを持ち続ける、という、なかなかハードな生活を描写しています。だいたい、こういうときに嘗める胆、というのは、熊の胆だったりするのでしょう。
熊の胆(くまのい)、あるいは熊胆(ゆうたん)というのは、熊の胆嚢ないし胆汁のことをさします。胆汁というのはもともととても苦いものですが、竜胆というのは、この「熊の胆」よりも苦い、というのが命名のポイントです。熊よりすごい動物…ということで、竜が引き合いにだされました。あたかも竜の胆のように苦いのだ、ということのようです。

苦い、というと、陀羅尼助、という健胃薬も苦いです。もともと眠気覚ましに使っていたようですが、いつの間にか「苦味健胃薬」というジャンルができるくらいに、胃薬の中には苦味を伴うものが多くあるらしい。
陀羅尼助丸には「オウバク」「ガジュツ」「ゲンノショウコ」が入っているようです。オウバクは漢方でもしばしば用います。キハダ、というミカン科の樹木の樹皮です。ガジュツ、ゲンノショウコもいずれも苦い植物です。こちらは、漢方薬ではあまり使いませんが、日本の民間薬によく使用されています。

一方で、「人参(にんじん)」とか、「大棗(たいそう)」とか、あるいは「枸杞子(くこし)」などは、多少クセがありますが、どちらかというと甘い生薬になります。加えて、とても甘いのが「甘草(かんぞう)」です。そのほか、「桂皮(けいひ)」…西洋名シナモン…も、ピリッとした辛さがありますが、他に甘味も持っています。

甘い生薬のポイントとして、わりと「脾」に効くものが多い、という傾向はありそうです。五臓論では「甘いものは脾に効く」という理論があります。とはいえ、現代における甘味は脾には過剰ですのでくれぐれもご注意ください。

竜胆を含む漢方方剤が苦くて…とおっしゃる方もありますが、「あの苦いのがクセになる」とおっしゃる方もあります。なんとなく、体調に合っている時には多少飲みやすく感じられるような傾向があるようだ、とは言われていますが、個人差も大きく、あまりアテにはなりません。

小児や婦人の不眠に用いる、という「甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)」というのは、「甘草(かんぞう)」と「小麦(しょうばく)」…そのままコムギですね…、それに「大棗(たいそう)」…ナツメ…と、食品になるものばかりですが、どれも「甘い」ので、お子さんには好評だったりします。これも場合によっては「甘ったるすぎる」と言われることもあるくらいですが、頭に気がのぼって緊張している方が、これを使うと、よく眠れるようになったりします。

お腹の調子を整える「大建中湯(だいけんちゅうとう)」や「小建中湯(しょうけんちゅうとう)」には、「膠飴(こうい)」、という飴が含まれています。そのぶん、エキス製剤の量が多くなっているのですが、この飴は、デンプンを加水分解した水飴を乾燥させたもの、のようです。けっこう甘くて美味しい、と評判になる処方ですし、胃腸の調子を整えてくれます。

そうしたクスリが口にあわない、という方もいらっしゃいます。場合によっては、「粉が苦手」という方もあり、そういう方には錠剤やカプセル製剤の漢方薬エキスを使っていただくこともあります。種類が限られますので、細かい調整が難しかったりはするのですが。

最近、わたしがよく使うようになった、「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」という処方も、これまた苦いものです。上にも書いた「オウバク」などが含まれています。

黄連解毒湯と熱のはなし

以前もちょっと「熱」の話をしたことがあります。 ここ最近、ずいぶんと「熱」がこもった状態でいらっしゃる方が増えたように感じますので、あらためて文章を書いてみるこ…

これもカプセル製剤や錠剤がありますので、それを使うことが多いのですが、カプセルが苦手、という方には顆粒のものを処方しています。

大変良い薬ですが、味が…というのは、いつも悩ましいところです。

フィリピンに訪問した時に、スープの中に、ニガウリの葉っぱみたいなものが入っていました。けっこう苦味の強い葉っぱだったのですが、現地では、離乳の時に、子供の口に入れるのだ、と聞きました。ちょっと吃驚するような話でしたが、きっと良い胃薬になっているのを、民間的に分かっていて、わざわざそうした味を大事に、子どもたちに届けている、という話なのかもしれません。

苦味がにがて、という方もけっこういらっしゃると思いますが、漢方薬にもいろいろありますので、よろしければお試しくださいませ。