養老先生の思い出
養老孟司氏と言えば『唯脳論』などの本がわりと有名で、代表的と言える著作だったように思いますが、たしかその前に『解剖学教室へようこそ』なんていう本を書かれていました。
学生時代に養老先生の『日本人の身体観の歴史』という本を読んで、私がレポートでまとめようと思っていた事の、ずーっと先が全部書かれている…と愕然とし、レポートが手につかなかった、という思い出もあります。
その後、大ヒットベストセラーになった『バカの壁』はとても有名で、大きな影響が出たように思いますが、私がリアル養老先生に出会ったのは、その少し前のことだったろうと思います。
大学の学園祭で、どこかのサークル(主催者の名前も、講演テーマも失念してしまいました)が、学園祭のイベントとして、氏の講演会を開催したのを聴きに行ったのでした。参加費無料だったように思います。
なんだかボソボソっと、聞き取りづらい声で喋る方だなあ、と思ったのでした。どんな話だったのか、も、実はあまり覚えていません。講演の終わりに質疑応答のタイミングを設けてくださっていたので、「どうせ死んでいく私たちは、なぜ学ばなければならないのか?」という、その時の私の苦悩…(若かったですねえ。今でも悩みますけれど…)を、講演の内容とはぜんぜん関係なかったのかもしれませんが、お尋ねしたのを覚えています。
養老先生のお返事は「君たち、どうせ死ぬ、とか言ってるけれど、死ぬっていうことがいったいどういうことか、本当にわかっているのかねえ?」というようなものでした。
なんだか、はぐらかされた気分になって、すごすごと帰ってきたのでした。
今から考えてみれば、若造が何をわかったようなことぬかしていやがる、というような、頭でっかちの悩みごとだったのだと思います。
そこから何年も経ったところで、養老先生とテーブルを挟んで、少人数のおしゃべりをする機会を頂きました。話はたしか、アリの関節にラチェット?歯車?みたいなものがついていて、動く度にごくごく小さな音が発生するのだ…これを「関節話法」と言う、のだけれど、この音を拾うだけのマイクロホンが無いので…とか、虫が大好きな養老先生、クモは苦手なんだ、(だってあれ、ぶわって広がって気持ち悪いだろ…っておっしゃっていたような)とか、まあ四方山話だったのですが。
おしゃべりをするも、しないも、本当に居心地のよい場所で、そこに先生がいらっしゃる、っていうことだけで安心するような場所でした。
一緒に参加された方が「おじいちゃん!っていう感じですよねえ!」って喜んでおられたのが印象的でした。
ちなみに、「どうせ死ぬのになぜ学ぶのか」というのは、しばらく私の悩みでしたが、その時には別の師匠に泣きついて「養老先生にはぐらかされたんです!」って言ったら、「生きているってことは、何をしても良いんだよ」ってこれまたわかったような、わからんような話をされたのを覚えています。
そういえば、精神科医の名越康文先生が似たようなタイトルの本を書かれています。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』。名越先生は養老先生との対談も何度かなさっていらして、この方の本も割と読んだ記憶があるのですが、この本については、具体的に「どうせ死ぬのに」という部分について、言葉で答えが丁寧に書かれていたわけではなかった、ように思います。
今の私がそういうこと訊かれたなら「どうせお腹が減るのに、なぜ食べるのか」とか「どうせ帰ってくるのに、なぜ旅行に行くのか」って混ぜっ返しますねえ。目的地とか最終結果じゃなくて、そこにたどり着くまでのプロセスが大事なんだよ、って。
若かりし私に、伝わるかどうか、はまた難しいですけれど。