チェックリストとマニュアル
アトゥール・ガワンデという医師が、何冊か本を書いておられます。
日本語に翻訳されているものがあって、医療系の話ばかりではあるのですが、『死すべき定め』とか『医師は最善を尽くしているか』とか、『予期せぬ瞬間』などという、わりと刺激的なタイトルの本が並びます。


そんなタイトルの中に、一冊、全然雰囲気の違ったタイトルの本がありました。
『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』
いったいどんな本なのか。そもそも同姓同名の別人の、別ジャンルの本じゃないのか?と少し身構えながら読んだその本には、「チェックリストを使うと良いこと」が医療の現場の話として描き出されていたのでした。
「チェックリスト」の作成こそが
危機管理の特効薬だ!ハリケーン・カトリーナ、ハドソン川の奇跡……。
想定の枠を超えた大災害や大事故に直面した時に人はどう行動したか。
リーマン・ショックを乗り切った投資家の決断とは?
大切なことは人間の限界を認め、他者と協力し、「チェックリスト」には絶対に従うこと。
あなたが同じ失敗を何度も繰り返してしまうのはなぜなのか?
失敗が起きるのは、怠慢のせいでも努力が足りないせいでもない。
「チェックリスト」こそミスという名の病を治療する唯一の処方箋である。米誌「TIME」で2010年の「世界で最も影響力ある100人」に選出された、
医師でありジャーナリストでもある著者、アトゥール・ガワンデ(Atul Gawande)が提言する
全米ベストセラーとなった「チェックリスト」作成のススメ。
手術前に、術者と、看護師とが、みな自分の名前を名乗る、というのも重要なのだ…という話がでていましたっけ。
そういえば、病院勤務を辞める直前ころには、いったん手を止めて、皆が術式を確認するとか、挨拶をする、という儀式がはじまっていたのでしたが…こういうところから由来するのか!と読みながら思ったものでした。
本の中では、チェックリストを使っている別業界として、飛行機の事故のときの話が書いてあります。
ともかく飛行中に事故が起こったときに開くチェックリストの冒頭には「まずは飛行機を飛ばし続けなさい」って書いてあるんですって。
たしかに、事故があったとき、その事故のことにかかりきりになってしまって、飛行機の制御がおろそかになる、なんてことがあったら、本末転倒です。が、事故っていうのは、そういう事を忘れさせてしまうくらいのインパクトがあるのだ、ということなのでしょう。
こうした形で、やるべきこと、確認すべき事項が、リストになっている、というのは、大変便利なことです。
そして、そのチェックリストを使うことができる人ならば、誰が使っても、同じように結果がでる、ということが保証されます。素晴らしい。
世の中にはマニュアル、というものがけっこうあります。
この手順の通りにすると、うまく行く、という。
そういうマニュアルに近いところに、チェックリストというのがあるのかもしれません。
特に人が多い場所で、ひとりひとりの能力にばらつきがある、という現場では、最低限の保証をする意味でも、チェックリストというのは大事になるでしょう。
一方で。
「出産のヒューマニゼーション」という言葉が、しばらく用いられたことがありました。JICAのプログラムで、南米などで、この言葉を冠した活動がなされたわけですが、その時の「ヒューマニゼーション」が目指す状況、というのは、「これ、という確定した条件があるのではなくて、常に、人間性を取り戻すために、動き続ける、その運動そのものである」というような言い方をされていました。
つまり、チェックリストが満たされたから、とかマニュアル通りに運用したから、というところは、ヒューマニゼーションの達成からはほど遠いと言えます。
診療ガイドラインというものも、だいぶ増えてきました。頭痛や、月経不順、PMSなどもそうしたガイドラインで、診療の方針が提示されていたりしますし、検査の項目やタイミングまで設計されているものもあります。
マニュアルとか、チェックリスト、あるいは、ガイドラインというのは、いわば、「定型化された智慧」と呼べるのかもしれません。
チェーン展開されている飲食店では、どこのお店に入っても、だいたい同じ味、というのが重要視されます。それを実現するのに必要なのが、マニュアルなわけです。
一方で、以前大阪のとあるマクドナルド店舗が「あそこのセットは美味しい」ということで話題になりました。マニュアルを超えた形で、提供される商品を取り扱っていた、ということのようです。
マニュアルも大事だし、そこを最低限の保証として、そこから、上手に「手作り」の味を出してゆく。
そういうことができる余地を残しておく、ということも、大事なことであるように感じます。



