パソコンは個人のものではない
ちょっと前の話ですが、「ウィンドウズのパソコンは、もう『自分の物』とは思えない」というような文章をみかけたことがあります。
わたしは、普段、マックの端末を使っていますので、ウィンドウズのパソコンについて、実態をそこまで詳しく知っているわけではなく、「そんなものなの?」って思っていたのですが、システムを更新しましょう、とか、いろいろと余計なことを通達してくるのだそうです。
なんなら、勝手にシステムが更新されていることだってあるのだ、とか。
ふむ。なんとも面妖な…とは言いませんが、微妙に気持ち悪い思いがあるのかもしれません。
ウィンドウズのパソコンの話とはちょっと違いますが、マイクロソフトの文書作成アプリである、「ワード」を使っている時、わりと頻繁にイラつくことが起こります。
ひとつ番号を振ると、次に勝手に段落を作って、次の番号を振るようなこととか。
最近そんな「いらんお節介」が増えた…?と思いましたが、インターネット老人会の中では、そういえば昔からそういう話があったのでした。
イルカのサポートキャラクター、「カイル君」について、「お前を消す方法」という形で質問をするユーザがけっこう多かった、という話です。

https://twitter.com/suginoki7777777/status/821281690127474688/photo/2 からお借りしました。
余計なお節介、というのが思いのほか嬉しい場合もたしかにありますので、便利だなあ、と思うこともあるのですが、最近は「そうじゃないんだよなあ」と感じることが増えました。
わからない言葉を検索したり、もっと詳しいことを知りたくて検索をした時に、「その言葉じゃなくて、こっちですよね!」という勢いで、別の単語を呈示してくることも、ずいぶん増えたように感じます。
こうしたシステムの実装を誰が喜んでなさっているのだろうか…?と思うのですが、いちぶで、こうした「サポートの手厚い」あり方を希望するユーザがあるのでしょうか。
おめめどうの社長「ハルヤンネ」さんのノートをしばしば拝見しているのですが、この方が、繰り返し書いておられることの1つが「余計な忖度をしない」ということです。
枠組みを固定して、本人が働きかけることを当たり前にしてゆくことが大事、と繰り返し書いておられます。
なんなら、ハルヤンネさん、車で移動している時に、トイレ休憩を取ることもしないのだそうですし、ヘルパーさんにお願いするのに「本人から頼まれたこと以外はしないでください」と念押しするのだそうです。
そのようにして、自分自身の思考と自分の身の回りについて、自分の意志が反映されるようにしてゆくことが、安定のために大事なのだ、と書いておられます。
「財布をわける」の時にも書きましたが、口出ししたり、本人が定めたものを「アレンジ」したりしない、というのはとても大事なことです。
勝手に変えられることのフラストレーションはけっこう強かったりする、わけです。
こういう考え方をすると、サポートのやり方もだいぶ変わるように思いますが、それよりももう少し踏み込んで、「余計なお節介」がシステムになっているあたり、やはり健常者向けであっても、お節介が親切な態度だ、と思っておられる方々が、メーカー側にも、ユーザ側にもそれなりにいらっしゃる、ということでしょうか?
もう少しお互いに突き放して、本当に困ったときだけ相談に乗る、くらいでもよいのではなかろうか、と思ってしまうあたり、余計なお節介なんですよねえ…。
ちなみに、医療というのは、その「余計なお節介」の部分がほとんど、だったりします。
それを「よかれ」と思ってやらかすわけですから…なかなか業が深いのだと思います。













