安全管理と責任の追及

自責思考とか、他責思考とか、っていう言葉があります。

何か、「わるいこと」が起こった時などに、「これは誰のせいだ!?」という話になりがちですが、その「原因」を自分自身に求めがちなのが「自責思考」。自分自身をあまり振り返ることもなく、外に原因を求めがちなのが「他責思考」と呼ばれています。誰か、におっつけてしまえると、思考としては楽なのですが、おっつけられた方としてはたまったものじゃありません。

医療の現場では、「ヒヤリハットレポート」とか「インシデントレポート」と呼ばれる報告のフォーマットが用いられています。「ヒヤリハット」って、帽子じゃなくて「ひやりとした」とか「ハッとした」という出来事を、ということですから、まったくの日本語由来なんですけれど。

そんなヒヤリハットレポートの日常を小馬鹿にしたようなテキストを見かけたことがあります。

「起こったこと」…ビックリした。
「原因」…ウッカリしていた。
「対策」…シッカリする。

ヒヤリハットの事案が300件くらいあると、実際にアクシデント、と呼ばれる、何らかの実際にエラーが実行されてしまった、という事案が30件くらいあって、そのうちの1件くらいは、実害が生じるような、いわば医療事故と呼ばれるようなものが起こっている、というような計算をされています。

なので、ヒヤリハット、というインシデントが発生したら、レポートを書いて、そのインシデントが再発しないような防止施策をする、ということが推奨されてきました。

大抵のインシデントは「確認ミス」という扱いがされます。医療の現場では「ダブルチェックを行う」という形で確認ミスを減らす、という教育がなされています。そういう教育を受けた人が、インシデントを発見すると、その対策方法は「ダブルチェックをする」という形になりがちです。

その結果「見落としに対して、ダブルチェックを励行する」という項目がうなぎ登りに増えて来たわけです。

もう、何をするにもダブルチェック、ダブルチェック。となると、大変です。

ところで、こういうレポートを用いて改善する、というシステムは、大企業であるトヨタにも有名なものがあります。「カイゼン」ですね。海外にもこの制度を普及し、工場の業務改善に取り組んでいるトヨタでは、「なぜなぜ分析」というのをやっている、と伝え聞きました。

何かの問題点があったとき、あるいはインシデントが発生したときに、「なぜ」を5回繰り返すのだそうです。

…という話をうっかり聞いてきて、自分の職場で「なぜ」を積み重ねると、それを訊かれた相手…だいたいの場合は、インシデントを報告してきてくれた部下になります…が、「生まれてきて済みません」と泣き始めるのだそうです。

その理由は、個人の注意力不足の原因を追及するから、です。

このカイゼンで重要なのは「だれか一人がエラーを起こすなら、他の人もエラーを起こす可能性がある」という思想です。つまり、その人がたまたま注意力が散漫だった、という形の責任を取らせることではなくて、システムとして、注意力がある程度散漫であったときにはエラーが発生するようなシステムの方を改善すべき、という思想が必要になります。

医療の現場では、じゃあ、改善するために、人員の余裕をもっと増やしましょう、とか、業務の環境を改善しましょう、という方向には、なかなか行きません。

たとえば、航空機のパイロットなんかは、ものすごく安全管理を徹底しています。医療安全の話題でも航空業界の安全管理手順などが参考として呈示されます。が、その水準の安全を確保するシステムにはなかなか、なっていません。そりゃ、航空機のパイロットが大きなミスをすると、飛行機に乗っている大人数の方の生死に関わります。医療の現場で大きなミスがあった場合に、影響が出るのは、大抵は「おひとり」ということがあります。つまり、ミスを防ぐためのコストを、ユーザーの人数で割ると、医療の場合、とてもコスト高になりがち、という話になるから、ではないか、と思っています。

どこまで本当かはわかりませんが、なかなか世知辛い世の中です。

…とはいえ、自分自身じゃなくて、外側のシステムに「トラブル」の原因を求める、という思想は、人を守る、という視点からはとても大事なことになります。

そのような思想を、しっかりと維持しつづけたいと思いますし、あまり自分を責めすぎないように、と思っています。