山より大きなイノシシは出ない

ひとの頭は、いろいろと心配事を考えるのが得意です。というか、そういう「悪いこと」を想像して、事前に備えたり、対処方法を考えたりする、ということで、集団としての生存率を上げるために、頭を使うわけですから、必然的に、「嫌なこと」とか「悪い想像」が増えるわけです。
「楽しいこと」「良いこと」はその時に享受すれば良いわけですから、あまり考える必要がありません。
「悪いこと」「嫌なこと」は一度経験したことを覚えて、次回のそれが出てきそうなところで備える、という形になれば、避けられるかもしれません。さらに、こうした経験を積み重ねることで、次にくるであろう「悪いこと」の想像も、詳細になったり、具体的になったりするのでしょう。
このように「悪いこと」を想定して対処する…ということを、ヒトがみな、一人ひとり、自分自身でやっていた…とはあまり考えていません。
だいたい100人くらいの集団にひとりかふたり、そういうことを考える人がいて、他の人たちを引き留める…ということがあれば、なんとかなる、と思うのです。
その「考えること担当」のひとりかふたり、は、不安とか心配事で胃に穴があきそうなのですが…
まあ、100人の生存率が上がるなら、ひとりふたりの胃に穴があいても、採算はあう、という計算なのかもしれません。
胃に負担がかかる側からすると、とんでもない話ですけれど。
ヒトの想像力というのは、だんだん育っていきます。
ちらっと見えたイノシシが、だんだん大きくなってくると、うっかりそれが重なった結果、「山のように大きなイノシシ」とか、あるいは「山より大きなイノシシ」みたいな話が出てきかねません。
暗がりだったり、あるいは恐怖心があったりすると、大きく見える、なんていう話もあります。
そんな風に、心配事がどんどん大きくなってしまったあなたにひとこと。
「山より大きなイノシシは出ない」
心配事をすることが悪いわけではありませんが、わからないなりに、山のサイズ感は、ある種の限界を教えてくれます。
それよりもひどくなることはありません。
いったん、それがわかるだけで、落ち着く方もいらっしゃいます。
何かあった時に、気持ちを落ち着かせる言葉のひとつとして、お持ちいただけたら、と思います。













