希望の明かり

街の中は、夜間でも街灯が点いていて、明るくなりました。
そんな光が漏れないような場所だと、星がよく見えるのですが。
昔、星が降るような…というのはこんな場所のことか…と思うような満天の星を見たことがあります。
太平洋戦争時代に、飛行機の名パイロットが、上手に空を飛ぶコツを聞かれて「昼間の星を見ることだ」と言っていた…なんていう話を聞いたあと、でしたが、たしかにこんなに星が見えるなら、昼間にもちょっと見えるかもしれない…なんて思うような場所でした。
あいにく、星座は覚えていなかったので、どの星がどれで…みたいなお勉強にはなりませんでしたが。
満天の星、であっても、そんなに明るくはなりません。
それは、いろいろと事情があるらしいですが…もっぱら、光源からの距離が離れているから、というのが大きな理由になりそうです。
北極星、というのは、たまたま、地球の自転軸に近い所にある星だったようです。
こうした星を見上げることで、進むべき方向がハッキリする、ということもありそうです。
現代の科学は、いわば、暗がりを、大規模な照明で、明るく照らす、そんな作業をやっている…というような気がすることがあります。
かげの1つも残さないように…という証明は、たしかに明るくて、便利なこともあります。
が、時と場合によるのかもしれません。
ほの暗い中に、わずかばかりの、ささやかな灯り、という舞台の方が、心の中に膨らむことが増える、ということだってありそうです。
「人はパンのみにて生くるにあらず」と言います。
まあ、聖書では「食事だけじゃなくて、信仰が必要だ」という意味で用いられるわけですが、わたしは、そこに、「希望」というものをいれておきたい。
生きてゆく時の希望。
仄かであっても、ボンヤリしていても、希望のあかりが灯っていることが、生きる張り合いになる。
そんな気がしています。







