漢方の五臓のこと

「五臓六腑にしみわたる」なんていう表現をしますよねえ。だいたいは空きっ腹にお酒を入れたときの表現だったりしますので、あまり品の良い使われ方ではありませんけれど。

五臓六腑ってなにか、っていうと、漢方的に考えるヒトの内臓、ってことになります。

この五とか六って数字は、どちらかというと、陰陽論の影響が大きく出ているらしいですから、数合わせ的な部分もけっこうあったりしますし、そもそもの五臓っていうのも、わりと今の解剖と違う部分が大きいんですよねえ。

かといって、ぜんぜん違っているか、と言われると微妙に重なっていることもあって、というあたりがけっこう考えるのに難しいところです。

中国では儒教の教えで、人体の解剖を禁じられていたらしく(はるか昔は解剖もやっておられたんだと思いますが)靱帯の模式図が観念的なものになっていました。

ルネッサンス以前は、西洋社会でもキリスト教が靱帯の解剖を禁じていたらしいですから、いわゆる現代的な西洋医学の解剖学がやってくるのはルネッサンス以降ってことになります。レオナルド・ダ・ヴィンチが人体の解剖をこっそりやって、キリスト教からお叱りをうけていた、って話もあるそうですので…。

どうして解剖が東西両方で禁じられていたか、っていうのは、これはまったくの想像ですが、やっぱり亡くなった方から感染症が広がったのではないだろうか、って思います。ひとの尊厳、とかそういう理由をつけたのでしょうけれど、現実的に、わけのわからない病気がいろいろ出てきたのを「これは解剖なんてことをするからだ」って呪い扱いしたのかもしれません。

さて。五臓は「肝・心・脾・肺・腎」の五つをさします。六腑には「肝臓に対応して胆嚢、心臓に対応して小腸、脾臓に対応して胃、肺に対応して大腸、そして、腎臓に対応して膀胱」になります。加えて「三焦」っていうのが六腑の最後に数え上げられます。

陰陽の話で言うと、臓が「陰」で腑が「陽」になります。時々間違えた記述が書籍などにも見受けられて、本当に修正が面倒くさい話になるのですが…。

もともとはこの漢方の五臓六腑っていうのがあったところが「もと」で、この機能とか、場所とかを勘案しながら、近代解剖学の臓器の名称を訳語として作った、ということになります。

五臓って、いつつ、並べますけれど、診療をしていると優先順位がやっぱりあります。

産婦人科関連の話題を中心にしていると、上半身の「心」や「肺」との関わりはやや薄くなりますし、「脾」や「腎」が大きく関わることが増えてきます。補中益気湯っていう処方を考案したとされている李東垣という、西暦1200年ころの医学者が『脾胃論』という医学書を書いておられて、ざっくり「何事も脾胃(=胃腸のはたらき)が大事」ってなことを書かれています。

当時から考えると、ずいぶんと時代が変わってきて、人々の生活も変化しただろうに、って思うのですけれど、当時の王侯貴族的な立場にいる方々、動かないまま、美味しいものばかり食べて…っていうことで、食べ過ぎと運動不足、みたいなこともけっこうあったみたいです。

腎の力っていうのは、生命力、な部分がありますから、ホルモンの中枢とか、生殖機能とかっていう部分も漢方では「腎」のひとことで説明します。昔の落語なんかでは「腎虚」っていうと、それは男性機能の低下を意味していたりしましたので、それを知っていると、大きな声では言いづらい言葉、という偏見にもなりがちですが。

そして、五臓は、意外とお互いに関わりがあるところも多くて、肺の不調に対して、腎の気を補う、なんていう治療もあったりします。たとえば、咳が止まらない時に、普通は肺に何かを補う治療を考えるのですが、脾や腎を補うことで咳が止まるようになったりすることがありますので、興味深いです。