漢方生薬の話(上・中・下)
漢方の処方を組み立てるのは「生薬(しょうやく)」と呼ばれる、おもに植物由来の原材料です。中国の方ではかなり生薬のバリエーションが広く、日本の漢方では用いられていない動物性のものもけっこう多いのですが、日本の漢方で、現在使用されているものは、ごく限られています。
よく効く、とされる生薬は、誰しもが求めるものになりますので、生産量との兼ね合いで、かなり価格が上昇します。(冬虫夏草なんかもそういう投機的な値段の上がり方をした生薬です)最近は米国で中医学が人気なのだそうで、需要が増えたこともあり、生薬全体の価格が上昇しているそうです。
現存する生薬学の最も古い本、とされているのが『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』です。これは医薬の神様でもあった、古代中国の神農と呼ばれる方が、そこら中の草や木を自分で舐めては薬効を確かめた、という故事などに由来するそうですが、生薬を「上品・中品・下品」と分類しています。
私の師匠は「上薬・中薬・下薬」と呼んでいましたが、上薬は「ずーっと使っていても良いもの」が、下薬は「使い方を間違えると悪影響が出てくる、取り扱いに注意が必要なもの、作用が激烈なもの」という分類になっているとして、その上薬だけで自分の処方を組み立てていました。
…なお、『神農本草経』の中には、どこかで道教的な神仙を目指す、というような思想が混ざり込んでいるようで、上薬の項目に「水銀」なんていう危険なものも入っていたりします。なので、まるごとそのまま鵜呑みするわけにはいきませんので、注意が必要です。ひょっとすると、上手に使ったら良いのかも知れませんが、それは古代の知恵だったのでしょう。
そういえば、鑑真和上がかつて、鍾乳石をお摂りになっていらっしゃった、という逸話があるそうです。和上は、仏教だけではなくて、当時の医薬にも精通されていたそうです。鍾乳石のような、石を薬として用いることもありました。石の生薬を石薬と呼んでいますが、これも取り扱いの難しいものだったそうです。
さて。「毎日口にして良いもの」を「上薬」とする思想は、毎日食べているものを薬と見なす、という思想や、食養生という考え方につながって行きます。日々の生活で何を食べているか、が、身体を作っていくわけで、中国では食養生を指導する「食医」の方が、病気を治す医師よりも格が高い扱いを受けていたのだそうです。
そして、日々の生活の中で口にするものが、身体に取り込まれるには、胃腸が働く必要があります。胃腸が働いて取り込まれたものを、今度は、睡眠中に、身体を巡る「血(けつ)」に換えていくわけですから、睡眠もとても大事です。
道教などで、仙人になる修行の中には、唾液をたくさん貯めて、それを飲む、という方法があるのだそうですが、唾液も消化吸収に重要な要素です。唾液が分泌されることで、胃腸の働きが準備される、という反射があることも知られるようになりました。
漢方の中でも胃腸の働きが全てのもとである、とする一派があります。五行では胃腸=脾は土ですので、土を補う、ということで補土派と呼ばれますが、現在日本でわりと有名になっている補中益気湯は、この補土派の始祖的な医師(李東垣)が考案した処方だと伝わっています。