物語に出てくる悪役

通勤の合間など、隙間の時間で、ネット小説を読むのがならいになってしまいました。
スマホがあると、ささっと読めるので、ついつい、追いかけてしまいます。
いろいろな方が、いろいろな物語を書いておられるのですが、そういう物語に出てくる「主人公」よりも、「悪役」の方に目を向けてみると、とても興味深いことがわかります。
上手な作品ほど、この「悪役」が際立っています。読んでいるだけでも「こんなやつ、とっちめてしまえ!」って思うような事がありますが、そういう「悪役」を上手に描き出している作家さんの腕前、というのも、とても素晴らしいわけです。
読者が腹を立てるような「悪役」というのは、どのように描かれているのか。そのどの部分にわたしは腹を立てているのか。
「悪い」ということをどう表現しているのか。
単純に「この登場人物は嫌いだ」と言ってしまうのではなくて、そこから踏み込むと、本当に興味深い発見があるように思います。
わりと典型的なスタイルの悪役だと
・身分を振りかざして、相手(主人公)を見下す
・自分の思いを優先させすぎて、相手(周りの人や主人公)の話をちゃんと聞かない
などという特徴があるように感じます。
つまり、相手をきちんと尊重できていない、というのは、「悪役」扱いされやすい行動と言えそうです。あるいは「ひどい応対された」という典型的な例にできる、ということなのかもしれません。
もちろん、物語の枠組みによっては、そういう「悪役扱いされた人たち」には、それぞれ、自前の事情があって…なんていうことも記述されていたりしますので、単純にその一面だけを見るだけではない、ということもありそうです。
世の中には「ダークヒーロー」と呼ばれる、一見悪役の方が主役として動いている作品もあります。こういう人たちの視点で、なぜ、悪役扱いされるようになったのか(偏見や誤解、あるいは歴史的な事情)みたいな事が物語になっているものもあります。
昔、精神科医の師匠は「怖い悪役の内面は、描いてはならないのだ」という言い方をしていたように記憶しています。
内面を描き出したり、あるいは、悪役になった経緯を説明したりすることで、「理解できる」存在になってしまったら、怖さが失われてしまうのだ、と。
わたしたちの理解を拒絶するような「悪」があるということを、物語を読んだり、見たりしつつ、怖れる、というのが、お作法なのかもしれません。
物語を読みつつ、悪役に腹を立てつつ、最近は「この作家さん、悪役を描くのがうまいなあ」と感心する、という、視点をいろいろに動かしながら読むのが、最近の楽しみになっています。












