糖質制限について
夏井睦先生という方がいらっしゃって、「新しい創傷治療」というサイトで「キズ、ヤケドは消毒しない/乾かさない」ということを提唱された、という話を知ったのは、私が医学生の頃のことでした。そこから、湿潤治療、あるいは湿潤療法、という名前で広がっていきました。
今までの「じくじくしたキズは乾燥させなければならない」とか「イソジンで消毒を」とかっていう方向性とは、まるで反対に進んでいらっしゃって、しかもそれで成果を出しておられる、という話を伺い、世間の反対に立ち向かいつつ、新しいことを打ち立てておられる、ということで、学生ながら、わくわくしながら、その話を読んでいたのを覚えています。
今ではキズパワーパッドⓇなどが、その成果の一部として、一般的にも販売され、使用されるようになっています。
その夏井先生が、「糖質制限」という、ある意味では全然別の領域の話をご紹介しておられた、のだったと思います。これまたすごいのか?ということで、いろいろ調べてみたところ、糖質制限は、江部康二先生という方が提唱され、一般書を中心として多数の書籍を出版されていたりするようで、糖質制限の動きの旗頭のようになっておられるのでした。
「主食を抜けば糖尿病はよくなる!」とはなんとも極端な話だなあ、と思いつつも、確かにおっしゃっている理屈は、論理的な飛躍があるわけでも、大きな齟齬があるものでもなく、たしかにこうすれば血糖値が下がる、ということはあるかもしれない、と思える議論でしたので、湿潤治療と並んで、「今までの診療ががらっと変わる」というようなこともあるのだろうか、と思っていました。
その後しばらくして、わたしが研修医になってからだったと思いますが、大学の糖尿病内科の教授と、わりとざっくりした話をさせていただく機会があったときに「先生、最近ちまたで流行している、糖質制限って、糖尿病の学会的にはどういう扱いなんですか?」というようなことをお尋ねしたのを覚えています。
少なくとも前の教授は「炭水化物はだいたい五割」という、昔ながらの食事指導をされていたようでしたし、全体として、糖質制限の話が新しい治療である、という形で主流にはなってはいなかった、のだと思います。
お返事の冒頭「(短期的には)血糖値は、たしかに下がる」と教授がおっしゃったのを聞いて、ちょっとびっくりした覚えがありました。そうか。血糖値は下がる、という、その部分は糖質制限という方法の効果として認めるんだ、というのが、意外と言えば意外でした。もっと頭ごなしに「そんな怪しげな治療法なんて認められるか!」と反発されても仕方ないと思っていましたので。
「ただし、長期的に、その方法が健康をもたらすかどうか、ということについては、まだわからないのだ」と、そんなお返事を頂いたのだったと思います。
2024年に日本糖尿病学会が出版した健康食スタートブックには
糖質(炭水化物)制限は糖尿病に効果がありますか?
という質問が載っていて、
炭水化物を極端に制限することによって糖尿病に効果があるか、また安全なのかについては、まだ明確に分かっていないのでお勧めできません。
という解答になっていました。いまだ評価が定まっていない、という状況のようで、栄養摂取としては、以前からの「炭水化物のカロリーに占める割合はおよそ五割」を推奨されています。
近年、新しい糖尿病治療薬がいくつか出てきて、ずいぶんとその効用が報告されるようになりました。糖尿病の治療薬で心不全の予防効果がある、という話も出てきていますので、これまたびっくり、だったのですが、そういう新しい薬の使い方によっては、治療の理論・理屈も変わってきているのかもしれません。
ところで、どうしてもインスリンを使うのが嫌だとおっしゃって、かなり厳しい糖質制限をされていた患者さん、を、診ておられた先生によると、血糖値は確かに下げられる(もしくは血糖値が上がらない)ので、インスリンを使用しないでも済んだのだけれど、それを続けていると、風邪をひきやすくなったり、疲れやすくなったりされたそうです。それで、ご本人が「やっぱりこれでは本末転倒だ」ということで、インスリンを開始して、少し糖質を摂取されることを選ばれたのだ、と伺いました。
漢方では、脾胃から「水穀の気」を取り込むことで、人の身体を動かしたり、守ったりする「気」として使うようになる、と考えますが、やはり穀物というものが持っている、何らかのエネルギーがあるのかもしれないですね。