2026年2月健康教室「風邪の話」

先週末に健康教室で「風邪の話」をいたしました。
野口整体の創始者、野口晴哉氏は『風邪の効用』という本を書いておられます。
ちくま学芸文庫に入っていますので、今でもお読み頂けます。昭和の50年ころに亡くなられた方ですので、文章はずいぶんと古いはずです。
新型コロナなどとは遙かに遠い時の内容ですが、風邪を「活用する」という考え方は大変示唆に富んでいると思います。
中では、風邪の時の入浴の仕方、なんていうことも紹介してあります。
風邪…というか、熱を出した時に入浴するかしないか、というのは文化によっても地域によっても様々に異なるのだそうです。
日本だと、入浴はやめておきましょう、という話が多いですが、野口氏は入浴するかしないか、じゃなくて、その入浴刺激をどう上手に使うか、という話をしています。
わたしの師匠も「年末年始ころになると、風邪をひくひとが多いのはなぜか?」というのを試験問題にしていました。
まあ、インフルエンザは、シベリアからの渡り鳥が、ウイルスを持ち込むのだ…という話もあるようで、シーズンものですし、逆にこれを完全に消失させるには、シベリアからの渡り鳥を全て退治してしまう…というような乱暴な話になりかねません。
風邪は万病のもと、とよく言いますが、けっこう古い本に似たような表現が書いてあります。
風邪は百病の因、というのが、『黄帝内経』という書物の中に記載されているのだそうです。
この時は「かぜ」ではなくて「ふうじゃ」と読むのが正しいのかも知れません。
風邪は、外邪(六淫)のひとつです。
ちなみに外邪はその他に「寒・暑・湿・燥・火(熱)」をかぞえて、全部で6種類としているのですが、先日、とある漢方の講演会で話を聞いていると「熱」以外の外邪は、必ず「風邪」と一緒になって入ってくるのだ、という説明をされていました。
風、ですから、動きます。この外から中に入ってくる「動き」を「風邪」として表現しているのかもしれません。
一般的に、外から「わるいもの」が入ってくると、防衛の反応を引き起こすことで対処するわけです。
そして、この「入って来た外邪」と「防衛する正気」との「たたかい」が起こる、という形で考えられています。
外邪は体表面から入って来ますので、その部分でたたかい(闘病反応)が起こるのが通常ですが、正気が消耗しているなどで、一番外側での防衛が出来ない場合は、外邪が中に入ってきたところでの闘病反応になります。
つまり、身体がしっかり元気で、外邪もそれほど強くなければ体表面での邪正闘争になりますので、いわゆる「風邪のひきはじめに、葛根湯」というような形の治療がすすめられます。
この病態を『傷寒論』の分類で考えるなら「太陽病」ということになります。
脈が浮いていたり、汗をかいたり、かかなかったり、ですが、肩こりなど、体表面に近いところに症状が出ていることが多い様子です。
外邪が弱ければ、邪正闘争はそれほど強くなりませんし、正気がしっかちしているなら、そもそも身体に入ってこない、ということになります。
一方で、外邪がとても強い、とか、あるいは正気が弱っている場合、この体表面での防衛反応が出ないことがあります。
つまり、「ちょっと中まで踏み込まれた」ような状態になっていることがあるわけです。
この冬の時期にのどが痛む、という形で出てくる風邪は、そのような、「いきなり中で始まった」反応と考えることができます。
昔、千葉古方の流れでいらっしゃる、藤平健という先生はこの風邪を「のどチクの風邪」という呼び方をされていて、「麻黄附子細辛湯」の良い目標である、と書き残しておられます。
麻黄附子細辛湯は「少陰病」と呼ばれる病態に用いる、とされていて、この少陰病というのは、陽病から徐々に消耗したときに陥る先であるとされているのですが、場合によっては、突然少陰病での発症があり得るとも書かれています。こうした「いきなり少陰病」のことを「直中の少陰」と呼ぶようです。
ちょっと話を戻しますが、太陽病のこと。外邪がやってきて、まだ体表面にある状態です。この時の対処方法としては、漢方では「発表する」ということが薦められています。記者会見するのも発表ですが、この場合は「体表面を開く」というようなイメージの言葉つかいです。
皮膚の汗腺を開いて、汗と一緒に外邪を追い出す、というイメージでしょうか。
先日、熱の話を特集して開催された漢方の研究会に参加したことがありましたが、発熱について、とても面白い仮説を呈示しておられました。
体温が高い個体は、長生きする…という話があります。「体温を一度上げると云々」という形で日本でも本を出版されたドクターがおられたのですが、しかし、論文の水準では、体温が低い方が長生き、という報告があります。
えええ?どうして?と思いましたが、まあ、体温が低いっていうことは、ちょっと冷蔵庫に入れておいた方が日持ちする、というような話なのでしょうか…。
これと、高体温が長生きとか健康とか、って矛盾していますよねえ。
風邪などの「病原微生物」が入って来た時には、体温を上げることが出来る個体の方が、生存に有利なのだそうです。つまり、高体温によって、ウイルスや細菌をやっつける…ということなのでしょう。
こうした高体温が続きすぎると、脳が壊れたりしかねませんから、頑張って体温を上げることをして、体温が目標まで上がったら、こんどは、すぐに体温を下げねばなりません。なので、このタイミングで汗をかいて、熱を下げる…ということを繰り返すことになります。
漢方薬を飲んで、汗を出すように…ということが、汗を出すことで、外邪が追い出される、ということなのか、あるいは、体温がしっかり上がった、ということで病原体が駆逐される、ということを言っているのか、ちょっとわかりません。
が、熱を出す、ということは、感染症に対する対処としてはかなり有用な方法であったようです。
身体を守る気が足りなくなってくると、今度は寒気がしてくることがあります。
これは『傷寒論』的には陰病になってきます。
この陰病を治療するには、しっかり温める、ということが必要になりますので、生姜や附子というような温める生薬を含んだ処方を用いることが増えます。
「麻黄附子細辛湯」だけではなくて、「真武湯」などが用いられたりします。
汗をかく、ということは、熱を出して、そこから下げる、ということになります。治療としては有用であることが多いのですが、このプロセスじたい、個体の消耗を引き起こす、ということも知っておいて頂きたいところです。つまり、汗をかくことで、体力は削れていくわけです。
こうした話が『傷寒論』には書いてあるわけですが、なにぶん、古い書物です。その後、よい生薬の普及だとか、病態の変化だとか、そういう変化が重なることで、『温病論(うんびょうろん)』という考え方が出てくるようになりました。

傷寒というのが「寒さが入ってくることで、それに傷ついた」という病態をとらえる言葉とも言えます。
温病は「寒気が入るのではなくて、むしろ熱を含む外邪が入って来た」病態と言えるかもしれません。
傷寒に対しては「温めて、汗をかく」というのが対処方法でしたが、温病は寒気よりも「熱」が外邪であると考えていますので、そこにもうひとつ温める、というのはかえって悪化する要素になりかねません。温める、という以外の方法で、感染症に対処する必要があります。
代表的な処方として、「銀翹散(ぎんぎょうさん)」が有名です。この処方は医療用エキス製剤には採用がありませんので、OTC薬が中心になります。
医療用エキス製剤では「參蘇飲(じんそいん)」とか、「五積散(ごしゃくさん)」といったような後世方と呼ばれる処方が、この温病理論をベースに組み立てられていると考えられています。






